それは、未曾有という3文字の漢字で表現してしまうのも憚れる程の大災害を目の当たりにして
震災以外の事を考えてしまう事への罪悪感とも恐怖感とも言えない、自分の感情を持てあましていたのでしょう・・・・・・・・・。
気持ちが少し落ち着いた頃に、読みかけだった「フクロウからのプロポーズ」を手に取りました。
カルフォルニア工科大学(通称カルテク)で働き始めた著者ステイシーが
翼を痛めて自然には返せないメンフクロウのひな(生後4日)を引き取るところから物語は始まります。
その後19年の間、ウェズリーと名付けられたメンフクロウと暮らしながら、ステイシーは恋もしたし、
転職もしたし・・・・年頃の女性として普通に暮らしていました。
但し圧倒的に違うのは、いつも傍らにウェズリーがいて、ウェズリーを第一に考えて生活が廻っていた事。ネズミを餌とするウェズリーの為に時に奔走したり、想像すると気絶しそうな事もやってのけるのです。
ステイシーの文章には優劣感や奢りがなく素直で、心にスッと入ってくる自然な良さがあります。
時には卒倒し、時には笑い、読みながら、私は厚かましくもステイシーのお友達になった気分で読み進めました。
私はこの物語で、2つの大きな慈愛を感じました。「慈愛」弱いものを慈しみ愛する事。
1つ目の大きな「慈愛」はもちろんステイシーが我が子を思うような気持ちでウェズリーに接する母性にも似た慈愛。
そして、2つ目のとてつもなく大きな「慈愛」はウェズリー。『フクロウの流儀』は慈愛そのものです。
私の尊敬する方の言葉に「人はうわべを見るが神や自然は、その人のハートをご覧になる」という好きな言葉があります。ハートを見る・・・・ウェズリーそのものです。
私を含め、現代人の多くは、
誰しもが生まれ持った「慈愛」を、進化するテクノロジーの中で少し置いてきてしまったのかもしれない。
ウェズリーはそんな現代人の「慈愛」を呼び覚ましてくれるでしょう。
読みながら、何度となく涙を流してしまう場面に遭遇致しました。
でもこれは、明日への強い力となる涙です。
是非、この「フクロウからのプロポーズ」を読んで、
その力を感じてみて下さい。
PS:この物語、もし、スタジオジブリで映画化されたら、どんなに素敵でしょう♪
※文中の画像はナショナルジオグラフィックさん上記HPからお借りしました。

